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コープで広がる、つながる認定特定非営利活動法人「もうひとつの美術館」活動報告より08もうひとつの美術館は、障がいの有無や専門家であるなしに関わらない芸術活動の支援を通して、創造的で多様な価値観を持ち、支えあう社会の実現を目指すことにより、福祉、社会教育、まちづくり、地域振興、観光・芸術の振興、環境保全などに寄与することを目的に活動されています。6月に開催された「とちぎコープ第3代表理事 兼 館長の梶原紀子様より活動内容をご報告いただきました。誌面でもご紹介します。7回通常総代会」においては、特別報告として、本日は、このような機会をいただき、この美術館をつくったきっかけについのある方の表現が、目の前にいっぱい並ありがとうございます。「もうひとつのて、よく知らない方からは「美術館をつんでいたと言います。美術館」の梶原紀子と申します。私にはくるために栃木に来られたのですか?」私は夫が買って帰ってきたカタログを2人息子がおり、次男が重度の自閉症でと聞かれるのですが、そうではありませ見ただけでもショックが大きくて、そのす。いろいろなことから、東京から生活ん。先ほど言いましたとおり、子育てが中で映画「まひるのほし」が紹介されて環境を変えたくて、長男の小学校入学にしやすい環境を求めて栃木に移り住んいました。その映画が上映されている場合わせて1998年に東京の中野から那で、1年ほど経ったころのことです。所を探して、当時は福島の伊達市まで観珂川町(当時は馬頭町)に移住しました。1999年の春に、東京都美術館で「こに行ったことを覚えています。「まひる世の中にはいろいろな美術館がありまのアートで元気になる エイブル・アーのほし」は、知的障がいのある人たちのすが、その中で「もうひとつの美術館」ト99」という展覧会がありました。また学校卒業後の日常生活と創作活動を追っがどういうところか、まずお話しさせて同じ年に、ドキュメンタリー映画「まひたドキュメンタリー映画でした。正面玄関の破風(はふ)には、旧小口小学校の「小口小」という文字の棟飾りが今も残っています。いただきます。るのほし」も上映されていました。彼らの凄いところは、ありふれた道具作品として独立して観たときには、これ栃木県那珂川町にある「もうひとつの今から25年前の当時は、まだインターを使いながら、自由な発想と独特な表現だけ説得力があるんだと思いました。私美術館」は、明治・大正時代に建てられネットも普及しておらず、障がいのあるで、本当に強いエネルギーを発散しているは、映画に出てきた作品を映画の上映と一た旧小口小学校の校舎を再利用し、方の作品が美術館で紹介される機会なんんですね。観た人にインパクトを与える緒に展示できないかなと考えました。2001年に開設しました。て、ほとんどなかった時代です。たまたものを持っています。でも、これほど生きその時期、町では過疎・少子化から統ま、終了間近の日に夫が観に行きました。る根源的なパワーを持っているのに、なぜ廃合が進み、古い校舎が次々と廃校にな私は子どもがまだ小さかったので、栃木世の中に知られていないのだろうと思ったるという問題がありました。壊してしまからはとても行けなかったのですが、観んです。今でこそ脚光を浴びていますが、うのは簡単ですが、現在使っている旧小に行った夫は度肝を抜かれて帰ってきま当時は、障がいのある人たちは社会的な口小学校などは、北関東では最も古いとした。もともと私と夫はアート系の人間弱者であり、世の中に役に立たない人た言われている建物です。現存する建物でで、美術展にはよく行っていたのですが、ちと思われていた、そういう時代でした。活用されているものとしては、かなり古それまで紹介されたことのない、障がいそれまでは観る機会が少なかっただけで、い部類に入ります。